昭和50年03月31日 朝の御理解
御理解 第4節
「此方金光大神あって、天地金乃神のおかげを受けられるようになった。此方金光大神あって、神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は、此方金光大神である。金光大神の言うことにそむかぬよう、よく守って信心せよ。まさかの折には、天地金乃神と言うにおよばぬ。金光大神、助けてくれと言えば、おかげを授けてやる。」
信心はせぬでもおかげはやってあるというおかげと、信心をしなければ頼まなければ、信心はしておっても頼まなければ、おかげにならぬおかげがあると言う事ですね。信心はせぬでもおかげは頂いております。けれども信心をしなければ、しかも信心をしておると言うだけではない、頼まなければ助けてくれと言えばおかげを授けてやる。頼まなければ、おかげにならん事です。
そういう信心を、私は今日は竹輪のこう斜に切ったのと、縦に切ったのと頂きました。竹輪を斜に切ってあるんです。そすと真っ直ぐに切ってある。真っ直ぐに切ってあるのは、丸い輪が出来ておる。斜に切ったのは、斜めに切ってあるのですから、言うなら、御無理を申し上げると言うかね、とっさの場合助けて貰いたい。どうぞと言う時に、言うおかげでしょうけれども、そのおかげにも、やはり、色々ある。
私は今日はどんな事だろうかと思ったら、御理解四節を頂いたのですから斜に切ってある。これはやや信心が蓮っ葉な信心とでも申しましょうかね。えらい熱心に信心しよるごとあるかと思うと、何かすとっとこう信心が止んだり、または信心が緩んだりする人達の様な信心じゃないでしょうか。なるほど金光大神の言う事にそむかぬように、よく守ってと仰るが、例えば本当に私共が守ってはいなくってもです。信心とは和賀心を求めてのものである。本当に和らぎ賀ぶ心が頂きたいと思いながらもです。
ついつい教えにそむいて、金光大神の言うことを聞きよらんのだけれども、まさかの時に、金光大神助けてくれと言えば、丸い、輪の真っ直ぐに切った竹輪の事だと思います。いうならば、信心が出来ておるから、おかげを受けると言うのじゃなくて、頼むからおかげを受ける。頼むから、おかげを受ける中にも、斜に切った、竹輪の事は向こう先が見える。蓮根食う、蓮根食うと言う事を申しましょう。竹輪も同じ意味なんです。神様が、向こう先見て下さる。蓮根食うて下さってのおかげなんだ。
日頃は、信心出来ておらんけれども、金光様、助けて下さいと言うから、助けて下さるのだ。そういう意味の所から、段々、金光大神の言うことにそむかぬように、よく守って信心が出来るようになってくると、いよいよ神からも氏子からも、両方からの恩人は此方金光大神であろと言う様な所が、段々分かって来ると思うですね。今日は吉井の杉さん、椛目の金光教神愛会と言う会が、当時の椛目に結成されました。そんな事は何も要らんと思うけれども人が、どんどん助かって行った。
人が毎日それこそ門前市をなすと言う様に集まって来た。ずいぶん色々とその時分には、それこそ看板も掛けずに又は教師の資格も持たずに人が助かると言うので、椛目はヤミだと。ヤミでも人が助かると言う事はありがたいですけれども。色々に拝み信心だ御祈祷信心だと。あれは金光教の信心ではないという風に言われた時代であります。熱心に杉さんその当時お参りになっておられました。
辛島に奥さんが辛島から見えております。お母さんが熱心に信心をしておられます。ご夫婦だけではない、親子で北海道の方へ移られる事になって、県庁の許可も取り許しも受けて、いよいよ行くばっかりになっておった。その事を北川のお母さんが聞かれて、長男でありながら、勿論事情がありました。けれども北海道さんまでも行かんでもと言うので、お願いに見えたのです。
そしてとにかく一遍、当時の椛目の先生の話を聞いてみれと言うて、連れて見えましたのが、私が忘れもしませんちょうど、椛目の淀の日でした。お饅頭がたくさん出来ておる。後でそのお饅頭を頂いて貰ったりしたから覚えているんです。ところが本人は行くと言う事に決めておるから、心が動きませんでした。けれどもお母さんの切なる願いのお取次をさせて頂きました。
そしたら神様から金の鎖で、柱の様なものに足を括られておられる所を頂きました。ははぁこりゃ神様が、足止めをして下さるなと思いました。それから何日かしてからでしたか、それこそ心機一転されて行かない事に腹が決まった。結局は迷うておられたのも解消された。それから間もなくでしたよ。北海道の丁度杉さん達がお出でられる所に大地震があったです。沢山な死傷者が出ました。
それ以来本当に親先生のおかげで、私共一家が助かっておると言うて、それこそ日参り夜参りぐらいじゃなくて、朝から参って見たらずっとご信者の御用。その当時は金光教というものを知らなかった人たちが多かったです。どげんして拝んで良いやらどげんするじゃら分からんから、ずっとお広前に居られまして、また久保山先生も、お参りをしておられましたけれども、当時の椛目に入りこんで、修行をなさっておられる時ではございませんでしたから。その時分は書きものは全部杉さんでした。
それは実意丁寧な当時の椛目で、とにかくみなさんが実意丁寧に頭を下げられる、それはもう本当に丁寧な事でした。ものを言われるでも態度でも実に丁寧な方でしたから、それが一つの椛目の風になったと言われるくらいな方でした。ご信者のお世話が行き届きますから、信者さん方からも大変敬愛されなさいました。杉さん杉さん。一にも杉さん二にも杉さんでした。
そういう次々とご普請が出来た時なんかは、吉井からリヤカーを引っ張ったお家が、大きな杉木工所ですから、材木なんか杉の皮なんかも、それこそ今までかってない、ああいう大家のご長男ですから、リヤカーども引きなさった事はなかろうと思うけれども、信心です。有難うして有り難うしてという気持ちが開けて来た訳です。それで熱心に信心をされるようになり、それから当時の総代さん方が、段々おかげを頂かれるようになり、初代の総代としておかげを頂かれた。
そして熱心に御信心があっておりましたけれども、何の頃からかちょっと椛目を何年かご無礼されて、お参りが出来なくなった。私は今日は亡くなられて、まる五年になるんです。それで五年の式年祭がある訳です。その事をお取次させて頂いておりましたら、杉さんが横顔を頂くんです。そして横をこうして向いておられる。そしてタバコを吸っておられる所を頂いた。そして横を向きながら、自分は灰皿の上と思うて、灰をこうこ落としよりなさるとこです。
所が横を向いておりなさいますもんだから、灰皿の中には入らんな横の方へ灰が一杯こぼれておる所をご心眼に頂きました。今日の御理解から頂いてです。金光大神助けてくれと言えば、おかげを授けてやると仰るがです。助けて貰いたいと思うても横を向いておる時、言うなら信心が疎かになっておる時。人間てやっぱそんなもん。此の頃お願いする事はあるばってん、この頃ご無礼そとるけん、敷居が高うしてち言うでしょうが。それなんです。いうならこのハイと言う事はです。
金光大神の言う事を聞いておる。例えば親先生の言う事を聞いておる時が、このハイと言う事でしょうね。その灰がまともに落ちとらん訳です。灰が灰皿の横にこぼれておるとこを頂きました。ははぁそう言う事である。ですからその後、亡くなられてから此の方、ご承知のように杉さんのお母さんも、又は奥さんもあんな熱心に日参なさいます。段々大変なおかげを受けておられるお家ですけれども。そのおかげに、おかげの花が咲く様なおかげを受けられました。それは目覚ましいおかげでした。
山の売買の事から、今のそれこそ見事なご普請が出来る事から、寛三さんが亡くなられてからこっちでした。ですけれどもこれは頼もうと思うても、助けて下さいと言うても、この頃、敷居が高うなって寄りつかないと言った様な事がです。何年間か続いたと言う事であった老。それを言葉で言うなら、今日私と杉さんとの、別に話し合いをしたわけではないけれどもです。実際自分が御霊様になってから、感じられる事思われる事はです。あのまま、ずっと信心を続けておって。
何年間の空白というものがなかったら、今日はもちっと御霊としての働きも出来るようなおかげが頂かれとったものに、御神縁を頂いておったおかげで、母もおかげを頂き家内もおかげを頂いて、子供達の上にもおかげを頂いて、御神縁を頂いておったおかげで、おかげを頂いておりますけれども。あの空白がなかったらもっとおかげを受けておったろうものにと言う様な事を、言うておられるのではなかろうかと思うたです。横を向いておられた。で一服タバコのむ事はあれは一服しとると言う事。
信心が一服しておる訳です。そして一服のままお国替えのおかげを頂かれたんです。だからここで私どもが思わせて頂く事はです。信心のそれは細々ながらでも続かにゃいけん。空白が出来ちゃいけん。昨日夜の御祈念の後でした。桜井先生が先日野口つぁん所の宅祭りにおよばれになってから、ご直会を頂く時に割り箸が出た。割り箸に何か意味ありげな、それこそこりゃ御理解じゃなかろうかと思われる様な、中に爪楊枝が入れてあって、入ってましょう小さな紙が、歌の文句やらを書いてある。
それがこう言う様な事が書いてあったです。「しかいなみでも切れる時は切れる、口約束でも二世三世」と書いてある。先生こりゃどういう意味でしょうかと。司会並みと言う事はお謡いを謡うて、みんなに祝福を受けて、見事な結婚式を挙げさせて頂いてもです。そういう金のかかったり、手のかかった事であってもです、切れる時は切れると言う事です。例えば口約束でも二世も三世もと、添い遂げるような事もあるという意味なんです。それを私本当に不思議な働きじゃあるね。
先生貴方が今お届けをされた。今お届けをされるほんのその前に、末永先生が昨日は子供達を連れて、福岡の博覧会に行っておる。そして博覧会の会場近くでしょうか、福岡教会がある。福岡教会にお礼参拝させて頂いたと言うて、御神米頂いて御神米をここへ持って来たのと、桜井先生が直ぐお届けをされたのが一緒でした。だから桜井先生が言われたのを、その福岡教会の御神米の包装紙に、私が書かせて頂いてハッと思うた事でした。こりゃ桜井先生意味は、今あなたに申しました様な事でしょうけれども。
本当の御神意というのは福岡教会と、末永先生の事と合楽教会の事ですよねと言うて話した事でした。あの辺の所、間髪を入れない神の働きと言うものは、恐ろしいごとあるですよね。別に御理解と言うて、ただ意味は司会並みでも切れる時は切れると言う事なんかはちょっと、意味の分からん人は分かりませんよね。けれども末永先生と福岡教会と言う事は本当言うたら、切っても切れない仲なんだ。あちらで先代が修行をなさって、壱岐の教会に布教された訳なんです。その末永先生達兄弟がです。
ここで修行させて頂いて郷の浦なんかを持たれたけれども、結局芯をなしておる自分の信心の願い所、頼み所と言うのはです。やっぱ合楽に掛けておられると言う事です。末永先生なんかもやっぱそうです。色んな問題はありましたけれども、結局ここの直接の修行生として、例えこれから布教に出ましても、合楽の出社としておかげを頂く事になるでしょう。それこそ司会並みでも切れる時は切れる。
そういう様な、深いえにしと言うものがあってもです。矢張りそこに切れる時は切れる訳です。いうなら本当の親子じゃなくてもです。親子以上の縁と言うものもそれこそ、二世も三世もと言う様な働きも生れて来るんです。金光大神のお取次を頂いて、私共が日々有り難い勿体ない。それこそ杉さんじゃないけれども、自分一人じゃない一家中の者がおかげで助かったと言う様なおかげを頂いておってもです。切れる時は切れた訳です。その切れておった間をです。
今日お祭りを受けられる御霊様はです。本当に惜しい事をした。綾先生あの時分の、たった何年間の御無礼が、こんなにも響いて来ると言う事は知らなかった。どうぞ是から信心をなさる方達に、又は遺族の者達にこの事は伝えておって下さいと言うのが、今日の御理解四節の様に思うのです。今日も特に今私が、ここの所を力を入れて聞いて頂きたい所は、助けてくれと言えば、おかげを授けてやると言う事です。
これは信心はなくても、おかげは受けておると言うおかげと、信心はしておっても頼まなければ、おかげは受けられないと言うおかげと、頼めばおかげになると言うおかげがある。そのおかげの中には、斜に切った蓮っ葉なおかげもあれば、丸く輪にしておかげになると言うおかげもあるという事。言うならば皆さんの信心の先輩でもあると同時に、お国替えをなさって、そして御霊様になられてそして。
合楽の親先生のお取次を頂いて、御霊ながらの、これからの助かりを頂こうとされる杉さんがです。そういうお知らせを下さったと言う事は、他所向きどんしとっちゃならん。灰が外にこぼれてしまうような事では、お粗末ご無礼になる。皆さんどうか私が初代の総代としてです。後々に続かれる合楽の信者信奉者にも、その事を伝えておって下さいと言わんばかりのお知らせであった様に思わせて頂きましたから、今日はそこん所を聞いて頂きました。